わがまま科学者日記

純粋に科学のお話をしたい。。

私の留学記(3)ハエ

昔と今を比べることで、昔の問題が何だったのか?そして今の問題が何なのか?
そして、最終的に失敗者となる私がどのように失敗者となっていったのか、その原因を理解し、未来ある若い人たちに、そしてリーダーたちに考えて欲しい。
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さて、セントルイスは、治安も良くないし、目立った観光地もない中規模都市ということで、日本人の研究者もほとんどいなかった。そんなところで、まずテーマを決める。
 
私のやりたかったのは、中枢シナプス形成、特に特異性の問題だった。研究室は神経筋シナプス形成の研究がほとんどだったが、どんな研究をやればよいのか。米国の場合、研究費などの制約もあるので、ラボで行われているテーマと違うことをやるのは難しい。よくあるのは、ラボにある手軽なテーマをお膳立てができたような状態から始めるという安易なやり方だと思う。ラボにいるテクニシャンが試薬を作って、ポスドクは指示されるとおりに試薬を混ぜて、測定して結果を出すだけというようなタイプのラボもあるという。実際、こういうやり方でも、見かけのよい論文をハイプロファイル雑誌に発表できるので、そうやって偉そうにしている若手研究者も多い。
 
しかし、私の場合全く違った。私のように、米国において、「何をやるのか」というゼロから議論を始めたというのは、後から考えると、実は特別待遇といってもよいと思う。大学時代、ESSの真似事をやっていたので、それなりの英語力もあったせいもあるかもしれない。私自身、日本でも、鈴木旺先生が学生には「何もするな」を信条とするかなり放任主義で育ってきたので(江上不二夫研の伝統なのだと思う)、そういうやり方、つまり白紙から何かをやるという議論に慣れていて、違和感はなかった。Wash Uの図書館に通って、いろいろな論文や本を読んだ(インターネットなどない時代)。しかも、竹市先生の「論文を見て面白いと思ったことをやってはいけない」というようなアドバイスもあった。しかし、こういうのは、かなり危険なテーマの選び方だとは思う。ただ、当時はこういうリスクを取れるような「心の余裕」があったということだと思う。
 
しかし、論文を読んでもテーマが決まらない。でも、取り敢えずラボや生活に慣れないといけないので、何か簡単な実験をやってみたらということで、簡単そうなことをやってみようと実験をはじめた。たまたまSanesが何かのミーティングで、スタンフォード大学のCorey Goodmanラボで、ショウジョウバエの神経筋シナプス形成の「特異性」に関わるとされる接着分子が見つかったという話を聞いてきて、Goodman研と共同研究して、このショウジョウバエの遺伝子(接着分子)のホモログを哺乳類でクローニングしようということになった。
 
実は、同じようなアプローチは、私は初めてではなかった。大学院生のころ、当時、愛知県がんセンターにいた西田育巧先生(後に名古屋大学教授)のラボで、分子生物学的な技術を身につけるという名目で、哺乳類のオンコジーンのハエホモログを取るという研究をやっていて、それに関与させていただいたことがあった。西田研には、半年ほど滞在していた。そのころは、1984年、ホメオボックスが脊椎動物でも見つかった直後で、このようなアプローチは割りと常識的だった。西田先生は、本庶佑先生のラボで初期の分子生物学技術の導入と確立に貢献しておられ、私の分子生物学的技術には、本庶研の系譜がある。京都大学医化学のラボに遺伝子ライブラリーを取りに行くというお遣いを与えてくださり、 生田宏一先生の案内で、医化学の2つのラボ(本庶、沼)の様子を見ることができた(ここに後に大きな意味を持つ伏線がある)。
 
さて、Goodman研で神経筋シナプス回路形成の特異性に関わる接着分子として見つかったというハエの遺伝子ConnectinとTollは、実は、竹市研での旧知の仲である能瀬聡直さん(東京大学教授)の研究だった(ただ、後に能瀬さんの仮説はあやしくなる)。

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