わがまま科学者日記

純粋に科学のお話をしたい。。

基礎からの神経科学(その2)脳科学と神経科学の違い

日本語では、「脳科学」と「神経科学」という単語があります。英語で言うと、「Brain Science」と「Neuroscience」に相当します。この2つは同じなのか。違うものなのか。しばしば、質問されたりもしますし、議論も見聞きします。

たまたまWikipediaのページに興味深い箇所がありましたので、引用します。

脳科学 - Wikipedia

次のように「脳科学」という語は学術分野において汎用されている。例えば、日本の公的な研究組織の名称として、次の組織に「脳科学」の語が使われている。

• 文部科学省 脳科学委員会
• 文部科学省 脳科学研究戦略推進プログラム
• 理化学研究所 脳科学総合研究センター
 

「脳科学」と「神経科学」の違い
理化学研究所 脳科学総合研究センター センター長の利根川進は、当センターの研究対象として「脳内の分子構造から神経回路、認知・記憶・学習の仕組み、健康と疾患等までを研究対象とし、工学や計算理論、心理学までも含めた多彩な学問分野を背景にして、学際的かつ融合的な研究を目指しています。近年では、分子や細胞といった微視的レベルを扱う神経生物学と、認知や計算論のような巨視的レベルとをつなぐものとして神経回路研究に焦点を当てています。」としている


一方、「日本神経科学学会」の記述によると「日本神経科学学会は、脳・神経系に関する基礎、臨床及び応用研究を推進し、その成果を社会に還元、ひいては人類の福祉や文化の向上に貢献すべく、神経科学研究者が結集した学術団体です。」とある。神経科学の対象には脳も含まれるし、脳科学を研究するには神経の研究も必要である。あえて分類すれば、神経には脳神経以外も含まれるため、神経科学の方がより概念範囲が広い点が違いと言える。

 

神経科学者が、脳の研究をしていれば、脳科学者になるとは思います。ただ、神経科学は神経系を扱う学問なので、鼻、皮膚、筋肉、腸にある神経系の研究だけをしているケースもあると思います。この場合は、脳科学の研究者とは言わないでしょう。脊髄や網膜も神経系ですが、これらも脳ではないので、これだけを研究している人は、脳科学の研究者ではないと思います。

これは日本でも米国でも共通していますが、やはり学問としては、神経系を扱う「神経科学Neuroscience」が正統的な言い方だと思います。主要な学会も、日本神経科学学会、Society for Neuroscienceというように、神経科学Neuroscienceを使っています。また、学術誌も、Neuroscienceという単語の入った雑誌、部門にNeuroscienceを使っているものがほとんどです。

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ただ、一般に啓蒙する目的で、神経科学者自身が、「脳科学」「Brain Science」という言い方を表に出すことがあります。日本では、理研の脳科学総合研究センターの命名はそういうものでしょうし、米国のウェッブサイトでも、啓蒙を目的にしたものはほとんどがBrainを表に出しているようです。私の所属しているハーバード大学のCenter for Brain ScienceもBrain Scienceを使っています。これはもともとCenter for Systems Neuroscienceというセンターという名称になる予定だったのが、何のことかわからなくて寄付が集まらないという理由で名称にBrain Scienceが使われたということです。

一方、日本の場合、こういうものの他に、テレビ出演したり、本、一般雑誌などで有名になった「脳科学者」というカテゴリーの人(タレント)が見受けられます。こういう人たちは、脳科学者と自称していると思いますが、学術的につっこまれることを恐れてか、神経科学者という自己紹介はしないようです。つまり、神経科学者と自称できる人は、大抵、科学者であって問題ない。一方、脳科学者と自称している人は、しばしば、その言動にかなり問題がある。そして、正統な神経科学者からすると、忌み嫌われる変なイメージができてしまっているということでしょう。タレントの自称「脳科学者」を別の言い方で表現できれば一番なのだと思うのですが。。

ただ、こういう自称「脳科学者」が流行ってしまうのも、真面目な神経科学者自身にも原因があるのかもしれません。特に、日本では、「懐疑論」が弱く、こういう著者の本はダメ、という類(たぐい)の批判をする人がでてこないといけないと思うのです。逆に真面目そうな研究をやっている神経科学者でも、ポジティブ思考過ぎる人が、調子づいて言い過ぎる、というのが目立っているように感じます。

 

米国で数年前にでた現在の脳科学批判本を紹介します。日本語訳も発売されています。

 

その〈脳科学〉にご用心: 脳画像で心はわかるのか – 2015/7/1
サリー サテル (著), スコット・O. リリエンフェルド (著)

             

 

一般的に、神経科学、生理学を概観できる教科書など。