わがまま科学者日記

純粋に科学のお話をしたい。。

研究と対話がしたい2022年

「生物学者は一年のうち1日は深く考え、残り 364日は闇雲に働けばよい。」江橋節郎 2022年になりました 本来なら「あけましておめでとうございます」というところですが、とてもそんな状態ではありません。「生物学者は一年のうち1日は深く考え、残り 364日…

パンデミックの中での国際引越(その2)

12月末で、米国での研究生活をやめて、日本に「無職」で帰国することになり、現在は日本で米国からの帰国に伴う2週間の隔離期間中です。 https://masahitoyamagata.hatenablog.com/entry/2020/12/02/030914 https://masahitoyamagata.hatenablog.com/entry/2…

「無職」での日本帰国など(その2)

先日、個人のサイトで書いたように、今年いっぱいで日本に帰国することになりました。結局、研究を続けることができるポストが見つからなかったので、「無職」での帰国です。ハーバード大学との関係はアソシエートとして維持しますので、ハーバード大学関係…

私の留学記(特別編)米国の生活編:レジ袋

私は米国生活が20年以上にもなりますので、 生活のためのコツみたいなものも結構あります。そういうものも紹介して欲しいというリクエストもいただくことがありますので、時々紹介してみたいと思います。 日本では「レジ袋」が有料化されるというニュースが…

私の留学記(17)ラボのスタイル:江上不二夫と沼正作

このブログを読むだろう若い人の多くは、往年の生化学者であった江上不二夫(1910-1982)と沼正作(1929-1992)を直接はご存じないと思います。昭和の2人の生化学者です。前半は江上不二夫博士について、後半は沼正作博士について少し書いてみたいと思います。…

私の留学記(16)研究者の人生

以前も書きましたが、この留学記は、現在にいたるまで、50回分くらいの量を想定しています。まだ、1995年くらいの時代、16回目であるということを、確認しておきたいと思います。 今回は研究そのもののアプローチでなく、研究者の人生でどんなことが大切か、…

私の留学記(15)ノスタルジア

日本に帰国して、ラボにお金がないということだったので、民間財団の研究費に応募した。応募すると、ほとんど通過して連戦連勝という状態だった。落とされて、がっかりしたという経験がないような状態である。1995年 病態代謝研究会(山ノ内財団)・研究奨励金…

私の留学記(14)「日本」で成功したい若手研究者へのアドバイス

「日本」で成功したい若手研究者へのアドバイス (本当は変わるべきだという皮肉と願いをこめて) 1 組織やヒエラルキーを重視し、自分の好奇心や自由奔放さを抑制するべきです。腰を低くして45度のお辞儀をするという気持ちが大切です。 2 コミュニティに…

私の留学記(13)テーマの始まり

前回に続いて、これから始まる物語の「伏線」です。留学記そのものとはあまり関係なくなってしまうのですが、研究テーマというのはどうやって始まるのが理想なのでしょうか? ====================================== 物事の真の意義はいつも明白とは限らな…

私の留学記(12)流行を追わない

私が昔から心がけているのは、「流行を追わない」ということでした。これは、1991-94年までの最初の留学時にも非常に気をつけていたことです。これは、私の系譜の1つである江上不二夫さんの影響というのが大きいと思っています。 =========================…

私の留学記(11)人の一生は重き荷を負うて

人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し 急ぐべからず 不自由を常と思えば不足なし 心に望みおこらば困窮し足る時を思い出すべし 堪忍は無事長久の基 怒りを敵と思え 勝つことばかり知りて負くるを知らざれば害 その身に至る己を責めて人を責むるな及ば…

私の留学記(10)サクセスストーリー

禍福はあざなえる縄の如し =================================================== さて、一応、目標であった自分なりの実験系が確立できたので、それを続けるために、日本でポストを探そうということになった。留学して2年ほどしてからである。 私が短期間で…

私の留学記(9)研究の始まり

「流行になっているテーマは誰かが重要にしたのであって、 誰かが重要にしてくれた舞台の上で、一見華やかな踊りをまって いても空しいことではないか。それは良い意味でアンビシャスな 若い研究者のすべきことではない。」 (佐藤了、生化学者) ==========…

私の留学記(8)日本人研究者

あなたが全く知らないと思っているとても偉い先生でも、あなたを知っている可能性があることを、若い人は知っておくべきだと思う。ただ、知っているという「コネ」がポジティブに働くか、ネガティブに働くのかはわからない。 ==============================…

私の留学記(7)神経の発生

"Our real teacher has been and still is the embryo, who is, incidentally, the only teacher who is always right." Viktor Hamburger ====================================================== 私は日本で活躍することはできなかったが、日本の神経発生…

私の留学記(6)食べものと研究

日本の研究者は、米国の教育システムなどについて、知っているようで知らないことが多い。研究留学を考えたら、そういうこともある程度は知っておいた方がよいと思う。 ================================================ セントルイスのワシントン大学Washi…

私の留学記(5)学会とミーティング

「何をすればよいかということはどうすれば分るのでしょうか。それは一流を見ることです。一流の人に接すること、一流の人の下で働くこと、そのために広い世界を動くことです。」 (岸本忠三、免疫学者) ========================================= 私は、…

私の留学記(4)センチュウ

成功より、失敗に学ぶことが大切だ。 ===================================== さて、Goodman研で神経筋シナプス回路形成の特異性に関わる接着分子として見つかったというハエの遺伝子ConnectinとTollの哺乳類ホモログを探すことになった。 このような場合、…

私の留学記(3)ハエ

昔と今を比べることで、昔の問題が何だったのか?そして今の問題が何なのか? そして、最終的に失敗者となる私がどのように失敗者となっていったのか、その原因を理解し、未来ある若い人たちに、そしてリーダーたちに考えて欲しい。 =======================…

私の留学記(2)竹市先生

なぜセントルイスのワシントン大学で研究をすることになったのか。そのことを書いてみたい。名古屋大学理学部化学科の生物化学教室では、複合糖質の研究をしていた。この物質の研究に関わることになったきっかけについては、別の機会に譲ることにするが、私…

私の留学記(1)セントルイスに降り立って

米国に来て長く経つ。そこで、私の米国での研究生活を振り返るのも悪くなかろう、ということで初心に帰るつもりでそんな文章を書いてみようと思う。多分、50回くらいのシリーズになりそうだ。 ======================================================== 199…