わがまま科学者日記

純粋に科学のお話をしたい。。

私の留学記(4)センチュウ

成功より、失敗に学ぶことが大切だ。
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さて、Goodman研で神経筋シナプス回路形成の特異性に関わる接着分子として見つかったというハエの遺伝子ConnectinとTollの哺乳類ホモログを探すことになった。
 
このような場合、当時は、Stringencyを下げて、cDNAや遺伝子ライブラリーをスクリーニングするというのが一般的だった。私は、これをやったのだった。ところがやはり単純ではなかった。ジャンクが沢山取れた。また、PCRを使う方法も同時進行させた。ところが、プライマーをデザインするのに、どのアミノ酸が保存されているのか、わからなかった。そこで、どのアミノ酸配列が保存されているのか、調べてみようということになった。そのために、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)と近い他のハエ、バッタ、蛾のDNAを取るようなことまでやった。また、センチュウのDNAも調べた。センチュウのDNAをもらったのは、後にヒトゲノムプロジェクトで重要な役割をすることになるWaterstonラボだった。そこに行くと、Yという名前の人がいるから、その人にYACのメンブレンをもらうようにと言うことだった。英語しか話さなかったが、名前から、日本人の女性であると思った。このラボには、I(後の名古屋大学森郁恵教授)という名前の日本人の院生がいたようで、この大学には珍しく日本人に親和性のあるラボのようだった。

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 この実験は、実際には、Sanes研ではなく、階下にあったMerlie研でやった。恩師である鈴木旺先生が30年以上前に滞在していた伝統あるPharmacology講座のラボである。そこには、蛋白質定量のLowry法で知られる白髪のLowry先生の顔を毎日のように見かけた。Lowry法の論文(1951)は、歴史的にもっとも多く引用された論文のひとつとして知られる。

www.nature.com


 
Lowryを「ラウリー」と発音すると知ったのは、鈴木旺先生のセントルイスの話の中ででてきたからだ。日本では多くの人がローリーと読んでいるが、これは間違いである。Lowry先生の部屋では、当時も使っていたLowryラボのガラス製のマイクロピペット(注)を見学し、そして、Lowry先生も使う分光光度計を核酸の定量に使った。この講座のチェアマンは、その後、マイクロバイオームの研究で有名になり、毎年、ノーベル賞候補の常連になっているJeff Gordon先生だった。Merlie研でクリーンベンチが燃える火事があって、その火事の原因となった院生に、消防士の帽子をプレゼントしてくれていたのが懐かしい。Merlie研はとても家庭的なラボでパーティが多く、ハロウィーンのパーティなど本場の米国文化を知ることができた(残念ながら、Merlie博士は96年に49才で急逝することになった)。こういう違うラボに短期間でも滞在したのは、また違ったものを見ることができて、幸運だったと思う。

"John P. Merlie, 49; Neurobiologist at Washington University" - St Louis Post-Dispatch (MO), May 28, 1995 | Online Research Library: Questia


 
しかし、実験の方は、結果としてはうまくいかなかった。違った種のハエの配列を比較することで細胞内に保存された構造を見つけた。それを取り敢えず論文にしてみた。よくこんなつまらない論文を書いたなと自分でも思う。
 
ところが、後年、哺乳類のTollというものが報告され、上の論文にもでてくるMyd88というような分子が関わるこのパスウェイが哺乳類では自然免疫において重要な役割をするものとして研究され、多数引用され、ノーベル生理学・医学賞(2011年)の対象ともなった(日本では、ノーベル賞選考から漏れた阪大の審良静男教授の研究が有名である)。この論文は、ノーベル賞につながるその可能性を示した萌芽的な論文なのかもしれない(という単なる自己満足)。
 
このプロジェクトをやっていたのは、半年ちょっとだったと思う。実は、これでMolecular Cloningは更に嫌いになった(そもそも私は明解すぎる分子生物学がそれほど好きではない)。しかし、生活も落ち着き、議論を進めるうちに、冒頭の「何をやるのか」について、アイデアがでてきたのである。
 
(注)現在は、ピペットマンとプラスチック製の使い捨てチップが当たり前のように使われているが、1970年代までは、微量の溶液を分注するには、ガラス製のマイクロピペット(Carlsberg pipettes)が使われていた。このサイトが詳しい。

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