わがまま科学者日記

純粋に科学のお話をしたい。。

私の留学記(7)神経の発生

"Our real teacher has been and still is the embryo, who is, incidentally, the only teacher who is always right." Viktor Hamburger
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私は日本で活躍することはできなかったが、日本の神経発生の研究者で、もし私を知らないという人がいたら、もぐりであるとさえ思う。世界的に神経科学のもっとも標準的な教科書の一つとされている「Principles of Neural Science(カンデル神経科学)」には、4版(2000年)、5版(2013年、邦訳2014年)で私の研究が紹介されているし、他の神経科学の教科書でも紹介されている。
 
私が神経発生に関与するようになったのは、大学院生のころだ。当時、群馬大学医学部の助手をされていた田中英明先生と共同研究ということで、群馬大学にまで行ったことがある。田中先生は、その後、熊本大学の教授になられた。Science誌等に論文を発表されたが、亡くなられてしまった。田中先生と共同研究していたころであったが、たまたま名古屋大学の生協で、こんな本を見つけた。当時はまだ新刊だった。
 
 

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この本は、田中先生も名著だと言っておられたし、京大の竹市先生も京大の授業に使っておられた。神経発生を学ぶもののバイブルのような存在の教科書になり、私も手元において、何度も何度も読んだ。表層的な文献紹介のような本が多いなかで、「原理」を丁寧に説明し、文章も明解で寿命の長い教科書だった。おそらく、分子的なアプローチがあまりに当たり前になった2000年代になっても存在価値があったと思う。分子や遺伝子が多くでてくるような本は、寿命が短い。そして、この本の著者が、ワシントン大学の人達だった。その後、Purves氏は、デューク大学に移籍し、教科書や単行本を書いておられる。Lichtman教授は、Sanes教授と一緒にハーバード大学に移籍することになる。コネクトームの推進者となっていることもご存知の方が多いと思う。
 
私がいたころは、Purves氏はWash Uから去ったあとだった。しかし、Lichtman、Sanes両教授が教える大学院生向けの「神経発生」の授業を聴講することができた。もちろん、その内容は、Principles of Neural Developmentに準拠したものであった。
 
特に記憶に残るのが、授業のなかで、特別ゲストViktor Hamburger博士(1900年生まれ)が、神経発生研究の歴史を説明したことだ。Viktor Hamburger氏は、20世紀の神経発生研究の生き証人といってよい。シュペーマンハリソン、さらにレーヴィ=モンタルチーニにいたる神経発生の原理に関する研究を、実際にそれを見てきた90才を超えた長老から聞くという体験はなかなかできるものではない。Hamburger博士は、この授業の後くらいから体調を崩され、2001年に101才で亡くなった。
 
レーヴィ=モンタルチーニ博士は、NGFの発見者としてノーベル賞を受賞したが、この研究の原点はWash Uで行われたものであり、Viktor Hambuger博士の存在が重要だったのはよく知られている。